丸竹夷に押御池の全歌詞と意味|京都の通り数え歌の歴史と覚え方
京都の街を散策していると、ふと耳にする「まるたけえびすにおしおいけ」というリズミカルなフレーズ。碁盤の目状に張り巡らされた京都の通り名を北から順に覚えるための手毬歌・数え歌であり、古くから京都市民の生活の知恵として口伝されてきました。
2003年公開の劇場版『名探偵コナン 迷宮の十字路(クロスロード)』の重要な暗号解読トリックとして取り上げられたことで全国区のブームとなり、現在でも京都観光のナビゲーションや地理学習に欠かせない定番知識として定着しています。本稿では、「丸竹夷」の歌詞全文と各通りの詳細な意味、東西南北を制覇する覚え方、地域による歌詞の違い、さらには豊臣秀吉の都市計画にまで遡る歴史の深層を、現場取材と歴史的文献の観点から徹底解説します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:「丸竹夷に押御池」は京都市中心部(洛中)の東西の通りを北から南へと順番に覚えるための伝統的な手毬歌である。
- 要点2:劇場版『名探偵コナン』の伏線にもなった通り、五条以南の歌詞には複数の伝承バリエーションが存在する。
- 要点3:南北の通りを網羅する「寺御幸」の歌と組み合わせることで、京都特有の「上ル・下ル・東入・西入」の住所表記が直感的に理解できるようになる。
【全歌詞一覧】京都の通り名数え歌「丸竹夷に押御池」の順番と意味
京都の東西に走る主要な通りを北から南へ向かって歌い上げたのが、わらべうた「丸竹夷(まるたけえびす)」です。まずは一般的に広く親しまれている丸竹夷の歌詞全文と、それぞれが指し示す実際の通り名を確認しましょう。
【丸竹夷(東西の通り・北から南)の歌詞全文】
丸(まる) 竹(たけ) 夷(えびす) に(に) 押(おし) 御池(おいけ)
姉(あね) 三(さん) 六角(ろっかく) 蛸(たこ) 錦(にしき)
四(し) 綾(あや) 仏(ぶっ) 高(たか) 松(まつ) 万(まん) 五条(ごじょう)
雪駄(せった) ちゃらちゃら 魚の棚(うおのたな)
六条(ろくじょう) 三哲(さんてつ) とおりすぎ
七条(ひちじょう) こえれば 八条(はちじょう) 坊門(ぼうもん)
九条(くじょう) 十条(じゅうじょう) 東寺道(とうじみち)
この歌に登場するフレーズと対応する実際の通り名は以下の通りです。
- 丸(まる):丸太町通(まるたまちどおり) - かつて材木商が集まった京都御所の南端を走る大通り。
- 竹(たけ):竹屋町通(たけやまちどおり) - 竹製品を扱う職人街が形成されていた名残。
- 夷(えびす):夷川通(えびすがわどおり) - 家具屋や建具屋が軒を連ねる通り。西国三十三所巡礼のえびす神社に由来。
- に(に):二条通(にじょうどおり) - 世界遺産・元離宮二条城の南側を通る歴史ある幹線。
- 押(おし):押小路通(おしこうじどおり) - 貴族の邸宅「押小路殿」が存在した通り。
- 御池(おいけ):御池通(おいけどおり) - 神泉苑の池にちなむ、現在の京都市役所前を通る幅員約50メートルの大動脈。
- 姉(あね):姉小路通(あねやこうじどおり) - 落ち着いた町家と現代のカフェが融合する風情ある小路。
- 三(さん):三条通(さんじょうどおり) - 東海道五十三次の終点・三条大橋に直結する旧東海道の要衝。
- 六角(ろっかく):六角通(ろっかくどおり) - 聖徳太子ゆかりの頂法寺(六角堂)が鎮座する通り。
- 蛸(たこ):蛸薬師通(たこやくしどおり) - 蛸薬師堂(永福寺)の門前に位置する賑やかな通り。
- 錦(にしき):錦小路通(にしきこうじどおり) - 「京都の台所」として世界中の観光客で賑わう錦市場が存在。
- 四(し):四条通(しじょうどおり) - 八坂神社から祇園、烏丸を東西に貫く京都随一の繁華街。
- 綾(あや):綾小路通(あやのこうじどおり) - かつて織物職人が多く住んだ歴史を持つ通り。
- 仏(ぶっ):仏光寺通(ぶっこうじどおり) - 仏光寺(真宗仏光寺派本山)の門前に広がる通り。
- 高(たか):高辻通(たかつじどおり) - 平安京の正親町小路にあたる通り。
- 松(まつ):松原通(まつばらどおり) - 平安時代の「本来の五条大橋」が架かっていた歴史的メインストリート。
- 万(まん):万寿寺通(まんじゅじどおり) - かつて京都五山の一つであった万寿寺に由来。
- 五条(ごじょう):五条通(ごじょうどおり) - 国道1号線として機能する広大な幹線道路。豊臣秀吉によって五条橋が移設された経緯を持つ。
五条より南の区間については、江戸時代から近代にかけての都市開発に伴い、楊梅通(雪駄屋町通)、鍵屋町通(ちゃらちゃら通)、六条通(魚の棚通)、塩小路通(三哲通)などを経て、九条や十条へと至る構成になっています。

名探偵コナン『迷宮の十字路』で脚光を浴びた手毬歌の秘密と歌詞の違い
数ある京都の伝統歌のなかで、この「丸竹夷」が全国の若い世代にまで浸透した最大の契機は、2003年に公開された劇場版『名探偵コナン 迷宮の十字路(クロスロード)』でした。作中では、西の高校生探偵・服部平次が幼少期に京都の寺で目撃した「手毬をつきながら歌う初恋の少女」の記憶がストーリー全体の大きな軸となっています。
物語のクライマックスでは、盗賊団「源氏蛍」が残した京都の地図に見立てた暗号絵画を解く鍵として、コナンと平次が「丸竹夷に押御池」のメロディと通りの順番を照合します。東西の通り名が上から順番に暗号と対応していることに気づく場面は、シリーズ屈指の名シーンとして今なお語り継がれています。
劇中で重要な伏線となったのが、「地域や年代による歌詞の違い」です。作中で少女が歌っていた歌詞は、一般的な「雪駄 ちゃらちゃら 魚の棚」ではなく、「嫁菜(よめな) 順慶(じゅんけい) 魚の棚」という親戚から教わった少し珍しい伝承バージョンでした。この歌詞のわずかな差異が、初恋の相手の正体(遠山和葉)を特定する決定的な証拠となったのです。
実際に京都市内でも、洛中の中心部、洛南、伏見などの地域や、家庭の世代間によって以下のような歌詞のバリエーションが存在します。
- 一般的な歌われ方:「雪駄 ちゃらちゃら 魚の棚 六条 三哲 とおりすぎ」
- 古い手毬歌の形態:「坊さん頭に 魚の棚 六条 三哲 とおりすぎ」
- 近郊・別伝:「雪駄 鍵屋 魚の棚 六条 七条 八条 九条」
口承文芸であるわらべうたは、紙に書かれた公的文書とは異なり、子供たちが手毬をつくテンポや地域のランドマークの変化に合わせて柔軟に変化してきた生きた文化財であることが分かります。
【東西南北】京都の通り名を完璧にマスターする覚え方と南北の歌
京都の街を完全にナビゲートするためには、東西の通りだけでなく、南北に走る通りを覚える必要があります。南北の通りを東から西へ向かって歌い上げたのが「寺御幸(てらごこ)」と呼ばれる数え歌です。
【寺御幸(南北の通り・東から西)の歌詞全文】
寺(てら) 御幸(ごこ) 麩屋(ふや) 富(とみ) 柳(やなぎ) 堺(さかい)
高(たか) 間(あい) 烏(からす) 両(りょう) 室(むろ) 新(しん)
町(まち) 西(にし) 油(あぶら) 醒ヶ井(さめがい)
堀川(ほりかわ) 葭屋(よしや) 猪(いの) 黒(くろ) 大宮(おおみや)
松(まつ) 日暮(ひぐらし) 智恵光(ちえこう) 浄福(じょうふく) 千本(せんぼん)
南北の通りは、鴨川に近い東端の「寺町通」から西へ向かって進み、千本通に至る構成になっています。
- 寺御幸麩屋富柳堺:寺町通、御幸町通、麩屋町通、富小路通、柳馬場通、堺町通
- 高間烏両室新:高倉通、間之町通、烏丸通、両替町通、室町通、新町通
- 町西油醒ヶ井:町通(小川通周辺)、西洞院通、油小路通、醒ヶ井通
- 堀川葭屋猪黒大宮:堀川通、葭屋町通、猪熊通、黒門通、大宮通
- 松日暮智恵光浄福千本:松屋町通、日暮通、智恵光院通、浄福寺通、千本通
【まるたけえびすの効率的な覚え方】
覚える際のコツは、文字で暗記しようとせず、「5・7・5・7・7」のリズムに合わせて口ずさむことです。「丸・竹・夷・二・押・御池(7音)」「姉・三・六角・蛸・錦(8音)」「四・綾・仏・高・松・万・五条(11音)」と、軽快なリズムに乗せることで、脳の言語野と聴覚記憶が連動し、短時間で強固にインプットされます。

【データ比較】東西・南北の主要通りと歴史的背景一覧
京都の主要な通りが持つ歴史的背景、現代の役割、観光における見どころを比較表にまとめました。
| 通り名 | 歌でのフレーズ | 歴史的背景・名前の由来 | 現代の特徴・観光のポイント |
|---|---|---|---|
| 丸太町通 | 丸(東西・1番目) | 御所造営用の材木商が集積した歴史に由来 | 京都御苑南端に面し、裁判所や官公庁が並ぶ幹線 |
| 御池通 | 御池(東西・6番目) | 平安京の庭園「神泉苑」の巨池に面していたことによる | 市内屈指のメインストリート。祇園祭の山鉾巡行路 |
| 四条通 | 四(東西・12番目) | 平安京の四条大路。八坂神社への参道として発展 | 百貨店や商業施設が集積する京都最大の商業中心地 |
| 五条通 | 五条(東西・18番目) | 豊臣秀吉が本来の六条坊門小路に五条橋を移設 | 国道1号線の幹線道路。清水寺方面への主要アクセスルート |
| 寺町通 | 寺(南北・東端) | 秀吉が防衛と都市改造のため東端に寺院を一斉移転 | 商店街や老舗文具店・古書店が並ぶ文化的な通り |
| 烏丸通 | 烏(南北・9番目) | 平安京の烏丸小路。公家・烏丸家の邸宅が由来 | 地下鉄烏丸線が地下を走り、金融機関や本社ビルが集中 |
丸竹夷の起源と歴史の真相|平安京から豊臣秀吉の都市大改造まで
なぜ京都では、このような通り名を歌にして覚える習慣が定着したのでしょうか。その歴史を紐解くと、平安京の建都から豊臣秀吉による天正の地割(てんしょうのじわり)に至る都市構造の変遷が深く関係しています。
延暦13年(794年)に造営された平安京は、中国の長安城を模した厳格な碁盤の目構造(条坊制)でした。しかし、応仁の乱(1467〜1477年)などの度重なる戦乱によって市街地は荒廃し、上京と下京の2つの集落に分裂してしまいます。
天下統一を果たした豊臣秀吉は、天正18年(1590年)頃から京都の大規模な都市再開発に着手しました。それまでの平安京の一街区(約120メートル四方の正方形)は、通りに面した表側だけに家が建ち、中央部に広大な空き地(裏木戸の中)が残る非効率な土地利用となっていました。そこで秀吉は、正方形の街区の中央に南北の新しい通りを1本ずつ通し、南北に細長い「短冊形街区」へと再編成したのです。
この「天正の地割」によって、御幸町通、富小路通、間之町通、両替町通などの新しい通りが誕生しました。道路の密度が従来の2倍になったことで、商業の効率と居住可能面積は劇的に向上しましたが、同時に「通りの数が多すぎて覚えられない」という実生活上の課題が発生したのです。
そこで江戸時代に入り、商人たちや市井の人々が子供たちに町内の位置関係を教え込むために考案したのが、リズミカルな手毬歌やわらべうたでした。遊びを通じて自然に街の地理を脳内にインプットさせるという、当時の庶民の優れた知育教育の産物が、この「丸竹夷」や「寺御幸」だったのです。

【実態検証】地元民のナビゲーションと観光客がつまずく盲点
京都の住所表記は全国的にも極めて特殊です。「京都市中京区烏丸通御池上ル」のように、「交差する2つの通り」と「進む方角」で場所を特定します。
- 上ル(あがる):北へ進む
- 下ル(さがる):南へ進む
- 東入(ひがしいる):東へ入る
- 西入(にしいる):西へ入る
このシステムにおいて、「丸竹夷」の歌を暗記していると極めて強力な武器になります。例えば「四条通烏丸東入ル」と言われれば、「四条通(東西)と烏丸通(南北)の交差点から東へ行った場所」だと即座に空間把握が可能です。
しかし、観光客が現場でつまずきやすい「京都特有の盲点」も存在します。
- 通りの間隔が均等ではない:御池通や四条通のような広大な大通りと、姉小路通や蛸薬師通のような一方通行の細い路地が隣り合っており、地図上の縮尺感覚を見誤りやすい。
- 歴史的移転による錯覚:五条大橋の本来の位置(旧五条通り)は現在の松原通であるため、古文書や古典文学(牛若丸と弁慶の出会いなど)の舞台と現代の五条通にはズレが生じる。
- 通りの途切れ:京都御苑や二条城、鴨川などの大規模敷地によって、一部の通りが東西・南北で分断されている区間がある。
【プロの結論】認知心理学から見る「わらべうた」の記憶定着力と街歩きの極意
認知心理学の観点から分析すると、「丸竹夷に押御池」という数え歌は、「聴覚情報(メロディ・音律)」と「空間座標(地図上の位置関係)」を強固にリンクさせる優れた情報圧縮技術です。スマートフォンで地図アプリを凝視しながら歩くのと比べ、頭の中に空間の骨格(メンタルマップ)が構築されている状態では、街の景観の解像度や散策の自由度が劇的に高まります。
【向いている人・おすすめの活用スタイル】
- 京都の歴史散策や寺社仏閣巡りを深く楽しみたい人(通りの名前から当時の職人街や門前町の風情が読み解ける)。
- 京都市内のバスや徒歩移動で迷わずスムーズに目的地へ辿り着きたい人。
- 子供への知育や地理教育として、楽しみながら空間認識力を養いたいファミリー層。
【慎重になるべき注意点】
- タクシーや自動車で移動する場合、一方通行の規制が極めて複雑なため、数え歌の順番通りには進行できないケースが多い点に留意が必要です。
【まる たけ えびす に お し お いけ】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:なぜ「五条」以降の歌詞には人によって違いがあるのですか?
A1:五条より南の地域は、秀吉の都市改造やその後の明治期の区画整理、京都駅周辺の開発などによって通りの名称や規模が時代ごとに変化したためです。子供たちの遊び歌として口頭伝承された過程で、各地域で馴染みのあるランドマークや呼びやすいフレーズ(「雪駄ちゃらちゃら」や「坊さん頭に」など)が複数定着しました。
Q2:南北の通りを覚える歌「寺御幸」は西から東へ向かうバージョンもありますか?
A2:基本的には東の寺町通から西へ向かう「寺御幸」が主流ですが、西陣地区など洛西エリアの住民の間では、千本通から東へ向かって数える逆回りの伝承歌も存在します。
Q3:現代のスマホ地図がある時代に、丸竹夷を覚える実用的なメリットは何ですか?
A3:京都の飲食店やホテルの公式住所・案内板は、現在でも「〇〇通〇〇上ル」という通り名ベースで記載されています。丸竹夷と寺御幸の基本構造が頭にあれば、地図アプリを開く前に大まかな位置と方角が直感的に把握でき、移動時間の短縮や観光ルートの効率化に直結します。
まとめ:通り名を口ずさめば京都の街歩きが何倍も深まる
「丸竹夷に押御池」は、単なる子供の手毬歌の枠を超え、千年の都が育んだ都市構造と庶民の知恵が凝縮された文化遺産です。豊臣秀吉の都市大改造によって複雑化した街筋を誰もが把握できるようにした工夫は、現代においても京都の街歩きを豊かにする最高のナビゲーションツールとして息づいています。
次に京都を訪れる際は、ぜひ「丸竹夷に押御池」「姉三六角蛸錦」と口ずさみながら歩いてみてください。普段は見落としがちな細い小路の名札や古い町家の佇まいに、歴史の確かな息吹を感じ取ることができるはずです。 (出典: まる たけ えびす に お し お いけ(Yahoo!ニュース))